学校だより14号
であいとふれあいをもとめて
いのちと安全を考える日~「語り継ぐために」 阪神大震災22年~
その当時、六中体育館は避難所となり、たくさんの方が避難されていました。多いときには、600名もの人が体育館を埋めつくすという状況でした。その中には、たくさんの六中生も避難をしており、体育館から登校するという状況が続いていたのです。とりわけ3年生は、進路を前にして、大変厳しい状況の中で勉強をしなければならないという苦難を乗り越えていったのです。そこで感じとっていったのが、やはり「人は仲間に支えられることで、大きな困難を乗り越えられる」という強い実感だったのかもしれません。
震災のあった年の中学生シンポジウム(1995年9月6日開催)で、「阪神・淡路大震災に対する取り組み」という特別報告で、六中生徒会が発表した内容について、その一部ですが、今年も掲載しておきたいと思います。(生徒会誌「ポプラ」38号より抜粋)
当時の悲惨な状況やつらい中で頑張ってきた仲間のこと、その中で周りの人たちの温かい気持ちにふれることができたこと等、とても伝わってくるものがあります。
(また裏面には、当時のPTA会報を掲載していますので、合わせてお読みください。)
<中学生シンポジウム(1995.9.6)での報告概要(一部)>
◆ 六中も水道管が割れて水浸しになったり、渡り廊下にひびが入り、使えなくなりました。そんな六中も避難所になり、多いときは600人ぐらいの避難者の方がおられました。その避難された方々も卒業式まで何十人もの人がいらっしゃったのですが、六中の卒業式は六中の体育館であげさせてあげるべきだという避難者の方々のご厚意があり、卒業式にあわせて避難者の方々が移動先に移動していただきました。その結果、今年の3月の卒業式はすばらしいものになり、とてもうれしい思いをしました。
◆
◆ 六中生徒会執行部は、多くの仲間が避難したことを知り、学校生活を共にする仲間のために何かできないかと考えました。多くの被災にあった仲間がいる中、義援金を集めるには少し抵抗がありましたが、自分のお小遣いの中から無理のないようにということで、3日間、正門と西門で活動しました。みんな被災しているにも関わらず、たくさんの六中生の気持ちが集まり、必要以上に重みを感じました。
◆ 六中はテレビなどで被災の状況が報道されたので、たくさんの学校から応援していただきました。近くの学校からかなり遠くの学校まで、たくさんの方々が六中を応援してくれました。あの忌まわしい震災があり、元気をなくしていた六中でしたが、皆さんのあたたかい励ましで、校内も元気を取り戻すことができました。豊中の18校での仲間づくりの活動を実感しました。六中に元気と勇気を与えてくださった皆さんに感謝します。また今回、私たちがサポートしているダルニー奨学金・書き損じ葉書キャンペーンの奨学生の皆さんからも励ましの手紙とパコマという布をいただきました。私たちはサポートするだけではなく、お互いに支え合っている、国境を越えた仲間づくりをしているのだと感じました。私たちの海外の仲間にも感謝の気持ちを送りたいと思います。
熊本の地と思いを結ぶ~募金活動を!
1月20日(金)8:00~8:20 あいさつ運動をしている場所(正門・西門)にて |