【見たり、聞いたりしたことをもとに、自分を見つめることの大切さ】

6年生は、広島を舞台にしたドラマを視聴しました。ドラマでは、戦時下の日本の多くの国民が苦しいなりにも、その日その日を懸命に生きていた。その多くの国民が全く知らないところで製造された新型爆弾「原子爆弾」が何の前触れもなく広島に投下され、一瞬にして懸命に生きてきた日常が消されてしまった事実が表現されています。ドラマですのでフィクションです。しかし、戦時下における多くの国民が必死に生きた毎日があったことは紛れもない事実です。

6年生は「身近な平和」についてこれまで様々な取り組みで考えてきました。

このドラマを視聴したことで、どのように感じたのでしょうか。

「なぜ日本のえらい人たちが戦争するとか決めているのに、ふつうの人たちが死ななきゃならないんだろう」

「今の人たちは簡単に「死ね、消えろ」とか言ってるけど、本当に死んでいいのかとか、死んだらどうなると思うかとか考えるべきだと思う」

「ぼくが一番怖いのは、こうなるときっとわかっているのに原爆を落とそうという人間だ」

「おなかいっぱい食べられること、ぐっすり寝れること、外を歩けることが、幸せなことだと感じた。」

「戦争で、人が狂ったようになってしまう。」

「戦争は、家族が望んでもいない形で、ばらばらになってしまう。とても悲惨なものだと改めて感じた。」

「みんなが生きるために すごく必死に努力していた。」

これは、子ども達の振り返りの一部ですが、多くの子どもたちがこのように振り返っています。「戦争はよくない、平和が大切」は口で言うのは簡単です。しかし、このように自分を見つめて振り返った子どもたちだからこそ、子どもたちなりに本気で身近な平和を作り上げてほしいものです。

 

また、6月11日に、豊中市原爆被害者の会から、髙橋正彦さんをお呼びして、被爆された実体験をもとに、核兵器の恐ろしさ(威力だけではなく、被爆後も後遺症で苦しめられる恐ろしさも含めて)、戦争という手段は二度と繰り返してはいけないこと等、貴重なお話をお聞きしました。髙橋さんは長崎で原爆の被害に遭われました。今年で90歳を迎えられる戦争を実体験された髙橋さんが話されることだからこそ、とても重みのあるお話でした。人生の大先輩が子どもたちと私たち教員に心からの声を届けてくださいました。子どもたちはとても真剣に聞き取り、お話後の質問では時間が無くて全員の質問を受け付けられないほどの反応でした。

講演のようす1

また、一方で、戦後81年目になる今日、戦争体験者の生存者が年々少なくなり、次世代へ平和の尊さを語り継ぐことが大きな問題となっています。実は、今回髙橋さんの他にお越しいただいた方がいらっしゃいます。宮地和夫さんです。宮地さんは、元豊中市内の公立中学校教員であられ、長年豊中市のために様々な面でご尽力されておられます。宮地さんは、原爆被害者の二世として活動されています。宮地さんのお母さまが16歳の時に長崎で被爆され、原爆の後遺症でご苦労されたとのことです。宮地さんは、次世代へ語り継ぐことに危機感をもっておられ、髙橋さんのような実体験された方からできるだけ多くのことを聞き取り、次に語り伝えていこうと日々努めておられます。今回も、髙橋さんのお話に引き続いて宮地さんからもお母さまのお話をお聞きしました。

講演のようす2

戦争は81年も前の昔話ではありません。現代においても諸外国では紛争が絶えません。戦争を放棄し、81年たった現代の日本社会に生きる私たちに、「平和の尊さ」をいかにして継続していくか、子ども達と私たち社会人が真剣に考えなければならない命題です。

 

【平和の尊さを心から訴え、みんなで受け止めました】

6月10日の朝の会、全児童が集合した中で、「修学旅行行ってきます集会」を実施しました。6年生が発声する一言一言がとても熱い思いとして会場内に伝わりました。その空気が全児童に伝わり、「折り鶴」の全児童合唱は、まさに大合唱!! 心が震えました。みなさくの子たちは、本当に素敵です。お互いが通じ合う子ども達です。うれしくてしかたありません。

合唱のようす