90年の歴史【コラム8】本校にとっての重要文化財 開校当時の貴重な資料を発見! =校報『むつみ』1~5号=

校長室の本棚にある『新修 豊中市史』学校教育(2022年)を開いて、大池小学校の歴史をたどっていました。『新修 豊中市史』には本校の周年記念誌に載っていない歴史がけっこう掲載されています。
例えば、大池小学校(当時は克明第三尋常小学校)が開校した翌年の昭和12年(1937年)7月30日、「校報『むつみ』創刊号を刊行。併設の豊中高等実践女学校と共同編集(創刊号のみ)。職員の所感、学校からの連絡(教授部、訓練部)、児童生徒の文集・作文、行事予定、卒業生の中等学校への進学状況(実名入り)など。5号(昭和16年)まで継続。活版印刷60ページ(ただし、4号と5号は)タブロイド版4~8ページ)」(633頁)とありました。今からおよそ90年前になりますが、「校報」をつくったのは大池小学校が市内で最初のようです。
「豊中市内で初めての校報。いったいどんな冊子なんだろう?」とずっと探していましたが、この度、校長室の奥の奥から発見することができました!! 90周年の年だから発見することができたのかもしれません。

『むつみ』創刊号(昭和12年7月30日発行)当時の豊中市長からの祝辞が掲載されています。『むつみ』第二号(昭和13年12月20日発行)、『むつみ』第三号(昭和14年12月20日発行)、『むつみ』第四号(昭和15年12月20日発行)、『大池校報』(昭和16年7月20日発行)。
校報『むつみ』の発刊は、学校と家庭の連絡機関紙として位置づけられ、学校と家庭のより緊密な連絡と協力関係を築いていくことが期待されていました。名前の『むつみ』(睦み:親しくなること。親しい交わりや感情)にもそのことが表れています。
内容は当時の社会情勢が反映されており、国家主義的・軍国主義的傾向をもった内容もありますが、児童生徒の作文等を一つ一つ読むと、当時の児童の子どもらしい気持ちや学校での様子等がよく伝わってくる内容となっています。

『大池校報』(昭和16年発行)には、「府下学童蹴塁球大会に優勝」とありました。「蹴塁球」とはフットベースボールのことで、大阪府大会では昭和13年(1938年)に初優勝し、以後6回出場して4回優勝したとのことです。当時のユニホームは、胸に校章の星が入っていました。大池マンが着ている服と同じで驚きです!
この年、昭和16年(1941年)4月、国民学校令施行により校名を豊中市大池国民学校と改称しました。そして、この年12月8日に太平洋戦争が始まります。
校長室の奥の奥から発見された校報『むつみ』は古い封筒に入っていたのですが、その中には、大池国民学校の校歌の歌詞と楽譜も一緒に入っていました。

この度の発見は、開校当時の様子を知ることができる貴重な資料で、本校にとっての重要文化財です。
およそ90年前の紙でボロボロになっていますが、大切に引き継いでいきたいと思います。

