全国には「大池小学校」がたくさんあります。

茨木市立大池小学校、大阪市立大池小学校、吹田市立江坂大池小学校、神戸市立大池小学校、福岡市立大池小学校、静岡県 伊東市立大池小学校、横浜市立大池小学校(閉校)

おそらく「大池」というため池を埋め立ててつくられた学校か、それに由来する学校と推測されます。

本校は、昭和11年(1936年)に「克明第三尋常小学校」として開校しました。昭和16年(1941年)国民学校令の施行により校名を「大池国民学校」と改称しています。

「大池」の校名がこの時より使われ、昭和22年(1947年)小学校令の施行により「大池小学校」に改称されましたが、「大池」の校名は85年間変わらず続いてきました。

本校「大池」の校名の由来は本校の沿革誌にあります。創立50周年記念誌『大池』(1987年発行)や郷土学習資料集『おおいけ』(1986年発行)にもその写真が掲載されています。

 

 

古文書のような沿革誌をたどたどしく読んでいきました。次のような校名の由来が記してありました。

本校が「大池」と命名されるにあたっては、当時の学務委員 今西今治郎氏がその撰名(名づけ)にあたられたのである。

左記はその時の研究の記録である。

「大池」撰名(名づけ)の意義(価値)

大池校は、その敷地が大池の跡であるから、このような呼称にしたと伝えられているが、そればかりではなくこの由緒のみによらない。

左記のように字画が稀で、意義が広く(大きな価値があり)、かつ、深く天地の和合(宇宙の道理や自然の流れと深く調和している)、陰陽配置(陰と陽が一定の秩序にしたがって並び、配置されている)等、いろいろ深く掘り下げて考え研究することが加えられ、名を選び定めたものである。

☝昭和22年(1947年)に記入された該当のページ。達筆!

古文書のような貴重な沿革誌をたどたどしくなんとか読み解いていくと、「大池」の名が選ばれた経緯が分かりました。

ただ大池を埋め立てた跡だからというだけではなく、産まれてくる子どもの名前を考えるように、いろいろと悩み考え研究されて大切に名づけられたことが分かりました。

「大池」の名が選ばれた経緯に深い意味と歴史ありです!