3.近代
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昭和38年、わが国で最初の高速道路が開通しました。これが、名神高速道路です。 庄内地区の田んぼのまん中に豊中南インターチェンジがつくられました。 そして、そこから大阪市内へ向かう道路が学校のすぐ前を通ることになりました。 |
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道路ができると、車の行き来がはげしくなり、登校や下校のとき、とても危険です。事故にあわないように注意して道路を渡らなければなりません。 さらに昭和42年、阪神高速道路空港線(今の1号線)が開通しました。 今ある長い歩道橋ができて、やっと安心して登校や下校が出来るようになりました。 |
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交通量が多くなるにつれ、車から出る排気ガスが空気をよごします。教室の窓をあけると、よごれた空気が入ってきます。窓をしめておくと教室の空気がにごってきます。体のためによくありません。そこで、各教室に空気清浄機を備えつけることになりました。
教室の中の空気はきれいになりましたが、窓をしめきるため、夏は暑くて、とても学習する気になりません。そこで、冷暖房のできる大きな機械をおいて、どの教室でも夏は涼しく、冬は暖かくして学習できるようになりました。 |
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昭和59年3月、新しい体育館が建ちました。 運動場も広くなり、元気いっぱい遊ぶことができるようになりました。 今は、児童数がへり空き教室が増えています。 生活科ルーム、ランチルーム、コンピューター室、児童更衣室など新しい使い方が始まっています。 |
登録日: 2008年3月26日 /
更新日: 2008年3月26日