学力向上タイトル 「友情を追求しようとする心情を育てたい

千里 九「友情を優先すべきか?きまりを優先すべきか?なすべきことは何か?答えは自分の心の中にある。」

 教材「吾一と京造」

弁護する?批判する?    

 ワークシートに記入

道徳:吾一と京造(写真1)

道徳:弁護する?批判する(写真2)

道徳:ワークシート(写真3)

 中学校では2019(平成31)年度から”道徳”は教科となるのが決まっています。ただ知識を覚えさせるだけでなく、問題解決的な学習や体験的な学習を取り入れ、知識をもとに考えさせたい(参考:文科省ホームページ)。1年生は、先週と今週の道徳の時間に「友情ときまり」について考えました(下写真)。一年道徳「吾一と京造」

 「特別の教科道徳」実践事例集 大阪府教育庁より

 資料名は「吾一と京造」、出典は知る人ぞ知る、知らない人は知らない山本有三の代表的な小説「路傍の石」からであった。時代設定は明治時代の中期であるので、今の中学生は知らない人の方が多いだろう。袴姿の小学生に「古っ」とつっこむ生徒。だが、課題である「友情ときまり」については、いつの時代でも揺れ動くテーマである。

 さて、中学生ともなると仲のよい友達も出来、校外でも”日々”行動をともにしながら仲を深めていく。しかし心を許し合っているとはいいながらも、ときには自己中心的なとらわれや感情の行き違いなどから相手の気持ちを傷つけてしまう・・・、築き上げてきた友情関係にヒビが入ることもあるだろう。そこで、真の友情の在り方や友情の尊さについて深く考えたい、と担当者は思った。相手の言動だけにとらわれず内面的なよさに目を向けながら、相手の成長を願って互いに励まし合い高め合っていくのが”真の友情”ではなかろうか。生涯をとおしてよい友を得ようとする心情を育てるため「吾一と京造 」の行動を考える。

 「吾一と京造」について ~ 山本有三:路傍の石より ~

 道徳の時間が始まった。とあるクラスはチャイム着席後、先生「 友達とはどんな存在なのか?」を問いかけた。いろんな意見が出る。では授業開始だ。・・・資料を読む。このお話は簡単にいえば、ー 朝学校に行く待ち合わせ時間に秋ちゃんがこない。遅刻してはたいへんだ。吾一は先に走って学校に行くと友達は皆ついてきて学校に間に合った。しかし京造だけは秋ちゃんを迎えに行き一緒に遅れて登校した。先生に怒られる二人(写真1)、だが京造は怒られてもいいわけをしなかった・・・。ー

 吾一の行動はいいわけない!と批判するのか?いや吾一は遅刻しなかったのだから弁護するのか(写真2)?ここで吾一の行動を考えワークシートに書き込んだ(写真3)。弁護派・・みんなで遅刻はだめ。吾一は約束を破ったわけではない。遅れるほうが悪い。批判派・・友達を置いていくのはかわいそう。吾一も遅れた。勝手・・・。どのクラスも吾一の行動を弁護する声が多かった。だが、吾一は思う。”それでいながら、吾一の心は、草の葉のようにゆれていた” なぜ吾一の心は、ゆれていたのだろうか?多くの人はルールを守るのが大事だと言われ育ってきている。もちろん九中生もそうだろう。でも、だ。ルールを守っても仲間のことを大事に出来ないのはどうなのか?ここは気持ちが揺らいで当然かもしれない。今後こういうことが起きた時にどう行動するかを話し合い、「本当の友情とは」なんだろう?振り返りシートに落とし込む。”互いの存在を認めあい想いに応えようとする気持ちがある””立場が変わってしまっても優しく気づかえる””本音を言い合える””良いことがあったら一緒に喜んでくれる。嫌なことがあれば励ましてくれる存在” 正解のないのが道徳だ。

 友ごころ 右へ左へ 揺れ動く