道徳1  道徳  道徳8

まじめとは?(写真1)

授業中静かなこと。(写真2)

3年生は、まじめです。(写真3)  

   ま じ め の 基 準・・・   

 「まじめ」とは、国語辞典によると、まごころがこもっていることとあります。生徒のなかには、マジメというと、ちょっと煙たいな、気恥ずかしいいなという感覚もあるようですが。本来の「まじめ」さとは、まごころがこもっているかどうかが大切であるという考え方で、自分の行いを判断できるようにすることだと思います。そこで、今日の3年生の道徳では、日常によくある場面を通して「まじめさ」について考えました。 

自分のまじめ度は? 担任がクラスでアンケートを事前にとった。まじめは良いか?という質問に生徒達は、圧倒的に「良い」と答える。では、自分はまじめか? とあるクラスでは、○(1人)、△(22人)、×(12人)という結果だった。つまり、「まじめは良い」ことだとおもうけど、自分は、そんなに「まじめ」じゃないと思っている。では、自分のまじめ度は、10点満点で何点だろう?担任が、黒板に「まじめものさし」を描く。T「○○、自分は何点だと思う?」S1「えー、2点ぐらい。」S2「えー、おまえもっとまじめやん。」S3「あいつが2やったら、おれマイナス5やん。」一同「笑!」T「今日は、まじめの基準について考えてみる。4コマ漫画(朝日新聞 ののちゃんより)を見てください。」こんな内容だった。

 年の瀬の終業式である。T「先生から、クリスマスプレゼントがあります。算数のテストです。」S「えー、何を言い出すんだ。」T「(テストには)ムリヤリ100点か、90点をつけてあります。(あとは)みなさんの腕しだい。お家の人をだまして、よい年を迎えてください。」S「わー、やった。」(センセ、僕75点です。)(そういう人もいます。)ちょっと???の人もいた。こうである。このテストは、担任のひとみ先生の優しさ?だった。で、生徒が、お家に100点や90点のテストを持ってかえると、「算数のテスト100点だったよ」親「あら、すごいわね。がんばったね」→お年玉が増える。こんなストーリーを予想しての、先生の行動だったのだ。なんと、生徒にとって心優しい先生。生徒の考えを上回る先生のウイットにクスッ。である。みんな100点か90点なのに(センセ、僕75点です。)(そういう人もいます。)にクスックスッともさせられる。もちろん、4コママンガの先生の言動に注目するのではなく、テストをもらった子どもたちの気持ちを考えさせるのだが。マジメな答えS「自分の本当の点数と誤差が15点以内ならそのまま。それより大きい場合は素直に親に言う。」

 俺は悪いことはなにもしていない を読む。バス停で吸い殻を捨てた友達がいた。パス停には掃除のおばさんがいた。わたしは、吸い殻を捨てた友達に「ねえ、まずいよ。掃除のおばさんがきれいにしているんだからさ。」と言った。わたしの常識の範囲では、友達は「そうだな。まずいな。」と言って拾うものだ。・・・が、友達はこう言った。「何言ってんだよ。俺たちがタバコを捨てているから、あのおばさんたちは掃除の仕事をしていられるんだよ。おれはいいことをしているんだよ。」彼のまじめの判断基準はなにか。「俺は悪いことは何もしていない」と言っているのはなぜだろう。彼の判断基準に着目して読む。S1「吸い殻を捨てることが、問題。ゴミ箱に捨てるべき。」S2「おばさんは、虫の死骸とか、落ち葉を拾うから仕事はなくならない。」S3「心が痛まないのは、おかしい。」自分のまじめの規準の変化に気づいてくれたら、いいな。自分のまじめさを肯定的にとらえる人が、増えたらいいな。の道徳の授業だった(写真1,2,3)

 体育大会の朝練(左上写真)では、団体競技「10人11脚」で友達と足をあわせるマジメな3年生の姿があった。

 まじめとは まごころ   相手のことを考える。