であいとつながりをもとめて    平成31年(2019年)1月17日

いのちと安全を考える日

「1995 つなぐ 1・17」阪神大震災24年

 昨年は、地震、豪雨、台風と大きな自然災害に見舞われた年でした。
6月18日(月)には、大阪北部を中心とした大きな地震がありました。豊中市でも震度5強という大きなゆれだっため、臨時休校の措置となりました。学校では、雨どいや扉のガラス、エレベーターホールの天井の継ぎ目等が一部破損する状況がありました。高槻市では、プールのブロック塀が倒れ、小学校4年生の女の子がなくなるという痛ましい事故がありました。このことを受け、豊中市でも全校に調査が入り、六中のプールの壁は事故が起こった塀と類似したものであり、大変危険という事で取り換え工事がされました。そしてその後、豊中市内の小中学校すべてのブロック塀を取り壊し、フェンスにつけ替える工事がすすめられています。(現在進行中です。)「あたり前」の日常を壊してしまう大きな自然の驚異の前に、私たちはどう立ち向かっていけばいいのでしょうか。私たちは、これまでの経験から学び、対処の仕方や備えのあり方等について考えていくことが大切です。
 その時に決して忘れてならないのが、1995年1月17日に起こった阪神大震災です。6434人もの多くの方の命や大切なもの、そしてたくさんの思い出を奪い去ってしまった、あの阪神大震災です。今年は、その阪神大震災から24年目を迎えます。阪神大震災の犠牲者を追悼するため、神戸の東遊園地で毎年開催される「1.17のつどい」では、竹灯籠を並べてつくる今年の文字を「1995 つなぐ 1.17」に決まったとの発表がありました。これは「震災の記憶をつないでいきたい」という多くの人の思いの表れだと思います。
その日、早朝5時46分に想像を超えるような大きなゆれ(マグニチュード7.3)があり、神戸や淡路島を中心に大きな被害がもたらされました。大阪でも大きな被害があり、その中で一番被害が大きかったのが豊中であり、中でもこの庄内地域でした。当然、今の六中のみなさんは、その時のことは直接経験していませんが、その時の教訓をしっかり「語り継いでいく」ために、六中では、本日17日を「いのちと安全を考える日」と位置づけ、当時を振り返るとともに、いのちや安全について考える日としたいと考えています。
 その当時、六中体育館は避難所となり、たくさんの方が避難されていました。多いときには、600名もの人が体育館を埋めつくすという状況でした。その中には、たくさんの六中生も避難をしており、体育館から登校するという状況が続いていたのです。とりわけ3年生は、進路を前にして、大変厳しい状況の中で勉強をしなければならないという苦難を乗り越えていったのです。そこで感じとっていったのが、やはり「人は仲間に支えられることで、大きな困難を乗り越えられる」という強い実感だったのかもしれません。当時のようすについては、ぜひお家の方や地域の方から聞きとってほしいと思います。

 震災のあった年の中学生シンポジウム(1995年9月6日開催)で、「阪神・淡路大震災に対する取り組み」という特別報告で、六中生徒会が発表した内容について、その一部ですが、今年も掲載しておきたいと思います。(生徒会誌「ポプラ」38号より抜粋)
当時の悲惨な状況やつらい中で頑張ってきた仲間のこと、その中で周りの人たちの温かい気持ちにふれることができたこと等、とても伝わってくるものがあります。

中学生シンポジウム(1995.9.6)での報告概要(一部)

 ◆ 六中も水道管が割れて水浸しになったり、渡り廊下にひびが入り、使えなくなりまし
た。そんな六中も避難所になり、多いときは600人ぐらいの避難者の方がおられました。その避難された方々も卒業式まで何十人もの人がいらっしゃったのですが、六中の卒業式は六中の体育館であげさせてあげるべきだという避難者の方々のご厚意があり、卒業式にあわせて避難者の方々が移動先に移動していただきました。その結果、今年の3月の卒業式はすばらしいものになり、とてもうれしい思いをしました。
◆ 六中ではたくさんの仲間が被災にあい、避難所に避難しました。その中の数人は、体育館から登校するという状況になりました。体育館の生活はとてもつらいもので、体調をくずし、風邪をひいたり日頃かからない病気になる仲間もいました。また、その年の3年生の中で、家をなくされた方がおられ、毎日夜10時まで職員室で勉強され、受験に挑戦された方もいらっしゃいました。
◆ 六中生徒会執行部は、多くの仲間が避難したことを知り、学校生活を共にする仲間のために何かできないかと考えました。多くの被災にあった仲間がいる中、義援金を集めるには少し抵抗がありましたが、自分のお小遣いの中から無理のないようにということで、3日間、正門と西門で活動しました。みんな被災しているにも関わらず、たくさんの六中生の気持ちが集まり、必要以上に重みを感じました。
◆ 六中はテレビなどで被災の状況が報道されたので、たくさんの学校から応援していた
だきました。近くの学校からかなり遠くの学校まで、たくさんの方々が六中を応援してくれました。あの忌まわしい震災があり、元気をなくしていた六中でしたが、皆さんのあたたかい励ましで、校内も元気を取り戻すことができました。豊中の18校での仲間づくりの活動を実感しました。六中に元気と勇気を与えてくださった皆さんに感謝します。また今回、私たちがサポートしているダルニー奨学金・書き損じ葉書キャンペーンの奨学生の皆さんからも励ましの手紙とパコマという布をいただきました。私たちはサポートするだけではなく、お互いに支え合っている、国境を越えた仲間づくりをしているのだと感じました。私たちの海外の仲間にも感謝の気持ちを送りたいと思います。

避難所のようす 三中より届けられた人文字のメッセージ